行って帰ります「天然コケッコー」


天然コケッコー

天然コケッコー [DVD]

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原作はくらもちふさこの同名コミックから。
舞台は島根。東京から転校してきた大沢広海とさよの関係を中心に中学時代に焦点を当て、ゆったりと過ぎゆく一瞬を描いた作品。田舎と東京。それはとても大きな違いだけれども大切なことは環境の違いではないのだ。


どうも予告を見た限りだと、東京からやってきたシティボーイに絆されて、周りの関係をひっかきまわされたりと一方的に悩ませられる印象を受けたが、これが全然違った。


さよと大沢君は対等だ。さよはイケメンさんにゆらゆらと揺れているのだけれど、それはただゆれているだけじゃない。芯があってゆれている。育った田舎の中で培われた彼女のポリシーが随所で顔をのぞかせ、決して厚かましいでもなくすこし場を踏み外したりしながらもやはりひとつの芯が通っている。図太い強さというよりもピンとした凛々しさ。だからさよは悩むことも忘れない。それもうじうじとせず、驚いたような眼をとおして清々しく、悩む。
「キスも握手と同じだから。」という大沢君の甘い?言葉に対して「それもそうじゃ。」といいつつ「じゃあ握手でキスしたことにしんさいよ。友達に自慢すればいいけ。」と一蹴する機転のよさ。大沢君の上着が欲しくって取引を交わすところなんか、たとえば「恋空」のような今ある恋愛のカタチとは違って、ある意味では分かりにくい。でもそのわかりにくさこそがどこか青春を思い起こさせるし、新鮮にも映る。大人になって遠くなった感情をふと思い出すかもしれない。


うぶとは違う素っ頓狂なかわいさ。それがそよの一番の魅力だ。あんたほんとに失礼じゃけえと思ったまま口にし、ささいな願望が顔をのぞかせ、逆に相手を絆していしまうという逆転のカタルシスがある。それがとてもおもしろい。


あと大沢君の意外さもある。どこか問題をもって転校してきた彼はクールだけど心が冷たいわけじゃない。田舎に投入された異質分子としてひやひやさせるけれども、それはいつも温かい驚きに変わる。流転してきたチョコレートで「色々あったんだろうってわかる」と悟ったり、石を割ってかけらにするシーンも彼の性格を物語ってる。彼がただの冷やかな青年だったらこの物語はさぞかし面白くなかったと思う。田舎の環境やさよを受け入れる器をもっているから物語がギスギスせず、ゆったりとながれていく。


この物語は恋愛が主題なのだけど、さよは大沢君と同じくらい(もしかしたらそれ以上)田舎へと目線を向けている。東京に住む私は、東京でぐったりしてしまうさよに感情移入できまいと思っていたが、不思議なことに冒頭からずっと田舎に見慣れると都会がとてつもなく巨大なものにみえてしまうのだ。監督のそういう撮り方がうまいのかもしれない。それでも、田舎と同じ“山がごおごお”をみつけることで「もしかしたら東京とも仲良くやれるかも」と糸口をつかむさよはやっぱりここでもさよで、ぶれない芯にほっとするのだ。大沢くんにしたキスよりも学校の黒板にしたキスの方が深いことも彼女の強い愛着がよく出ている。


脚本の渡辺あやはすごいリアリストで絶望的なラストが多いのでこれは原作のおかげもあるのかなほんわかエンドでちょっとびっくりした。(→調べたら島根出身だった、しかも今も住んでいるらしい!これは愛着があるんだなぁ)監督の山下敦弘の作品を観たのは「リンダリンダリンダ」に続き二作品目。まだ「ばかのハコ船」や「リアリズムの宿」など見れていないんだけれど、新境地と呼ばれた学園ものをとると他の監督と差異がはっきりとでる。あつくるしい学園ものは食傷気味という人にこの感じは貴重かもしれない。考えれば学園ものには定式があるし、オフビートと呼ばれる監督には手を加えやすいのかもしれない。


あとなにより、夏帆がここまで田舎に溶け込み、そよを自分のものにしているとは思わなかった。正直驚いてしまった。風体はスタイルのよさからどうやってもモデルのオーラを隠せないのだけれど、その下には素朴さを身にまとっていて、方言の言葉なじみもよかった。方言が柔らかさとしゃんとしたきつさをよく表現していた。なんといってもおさげとぼさぼさあたまが愛らしい。


ここでもかと出てきたしげちゃん役は「群青いろ」の廣末哲万。「ある朝スウプは」でみせたやばげな雰囲気が本当になにかしでかしそうで、感情をどっかに置き去りにした目の色に若干胆が冷えたくらいだった。あの突然の異質感が一番オフビートかもしれない。それに対して怖がるとかじゃなく、ささいないたずら心で対応する周りもさよも悪意や警戒の視線を持っていないところが素敵だ。そうなる環境も同時に素敵だ。


最後にサントラを担当したレイハラカミ。この人は「lust」しか聞いたことないのだが、音が丸いしずくのようにぽたぽたと垂れてくる。時に弾んだりしながらいつの間にかそのしずくの中心に取り込まれるようなそんな音が満載だった。天然コケッコーをおしゃれっぽくみせたのはたぶんこの人の音だと思います。ぴったりマッチというわけではない気がするけど時に現実感が遠のいていいなぁと。


私は田舎がないので原風景として共有しかねるが、映画の中ではそんな都会っ子もうまく共有できるくらい映像で語ってくれる。(漫画だとこれは難しいかもしれない。)田舎出身の人ももちろん、都会育ちも温かくなれる作品だった。つまづいたらまた見よう。