読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しょこたんとあかるんの関係性

例えば、友情とはなんだろう。


絶えず傍にいて悩みがあったら支えてやることだろうか。同じツボで共感し馬鹿みたいに笑いあえることだろうか。お揃いを着てお気に入りの街を徘徊することだろうか。その人のために、犠牲を払えることだろうか。あいつのために、夜中でも飛んでいけることだろうか。
無情にも、時は移ろう。互いの環境は変化し、いつしか2人は離れ離れになって、中野の安パスタ屋で夢を語り合うこともなくなった。たとえ思い出が更新されなくとも、ふいに飛び出す懐かしい「名前」に心の空白を打たれて、戸惑いを覚えようとも、「やっぱり友達でいたい」という、その明確な意思が目の前を明るくする。なんのことを言っているのか、そうお思いのあなたはこのエントリーをご覧ください。

『立派な根っこがあるから、風がふいても大丈夫だね。』*1


中川翔子小明喜屋武ちあきしょこたんを「しょうこ」と「しょこち」と呼ぶ2人。
アリーナ2daysを満員に埋め、同人視して遊んでいたはずのアニメは、いつしか主題歌を歌い、多くのファンから祝福を受けて堂々と舞台に立つ彼女の姿。エセ中国語で会話し合ったメールも、カルトムービーを囲んで過ごした10代も、きゃんちの収録中に勝手に割り込んで「おっぱいおっぱい」と小学生並みの知性をドロップする姿も、そこにはない。今はもう別々の道を歩いているような3人が、暗黙に、見えない友情を確認し合う日。毎年、それは5月にやってくる。彼女がこの世に生を受けた日。


2008年5月6日

『ステージの上でたくさんのライトに照らされて可愛いお洋服を着て、
たくさんのファンを幸せにする翔子はやっぱり特別な女の子で。
どう特別なのか昔はわからなかったけれど、
きっと彼女は生まれながらに背負うものが人よりもずっと多いんだ、と私は勝手に思う。
背負った分だけ悩みも多ければ辛いことや悔しいこともある。
けれど、それを体の内側から発する光に変えてしまう。
彼女はやっぱり特別な女の子だ。
彼女の幸せそうな姿を観て、
彼女を愛する人たちの声を聞いたら、
私は何回だって、何回だって泣いてしまうだろう。

5月5日、お誕生日おめでとう。
これからも限りない幸せが彼女と彼女を支える全てに降り積もりますように。』*2

ただ、つよく
その人を思えること。

ただ、つよく
その人の幸せを願えること。


私が高校生だった当時、変なものが好きな10代だった彼女たちにえらく興味を持った。きゃんち(喜屋武ちあき)もそこに加わって、馬鹿をやっていた3人がとめどなく眩しかった。オタクがまだ下火の時代に3人はアイドルなのに、オタクまる出しで、バカなことばっかいって本当に馬鹿なんだと思った。なにやってんだろう。なんて眩しいんだろう。なんて素敵なんだろう。 「ああ、変なこと認めあえる仲間がいて楽しそうだな」そんな安直な考えをもっていた。



時は重なる。
二人が寄せる父へのことば。


2006年8月27日
しょこたんの痛みに呼応するように*3

2006年8月28日
小明の絞り出すような想いが綴られる*4

完全な憶測の妄想をためらわず言えば、きっと二人は直接話し合ったりしなかったんじゃなかろうか。 ただ、そこにゆるくたるむ、みえない糸があって、 引っ張ることもなく、時々掴んでは放すような、そんな距離感。 思いを不自然に結び合わせることをしない。 しょこたんにたくさんの友達ができて、当時考えもつかないほどの仲間やファンに囲まれることになっても、やっぱりこの日だけは変わらずにある。


2010年5月6日

『連日なのに声もダンスもしっかりしていて、セットも衣装もかわいい夢の世界!
誕生日なんて皆から至れり尽くせり祝われてなんぼだというのに、
翔子は集まったみんなのために精一杯の笑顔と努力でたくさんのプレゼントをくれたね。
それにこたえるまでにはぜんぜん行かないけど、
腕がちぎれるくらいにサイリウムを振って名前を呼ぶのだよ。

しょうこーーーおめでとーーー!!! 』*5



2010年5月6日

『あかりー!!!!あかりー!!!!あかりと出会って何年めなんだろう、
ずっと変わらず何年先も友達でいたい ずっとずっと大好きだ』*6


ああ、なんて不器用な。


おくればせながら
5月5日、しょこたんお誕生日おめでとう。