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「ループする/ふくろうず」

幸か不幸か配信がCDを追い抜いて、邦楽インディーはとても元気だ。流通の形態が変わって音楽の「触れかた」が変わった。それはどこか冷たいようで、繋がりのあたたかさを重視するようになった。ヒットは口コミから生まれ、女子高生は歌詞をみて曲を買い、ライブで音を感じに行く人が増え、新フェスが勃興する。ミュージシャンは流通会社を通さずとも自分で曲が発表できるマイスペースを持ち、人が人づてに音楽で想いを繋いでいくことが加速した。ネットは顔が見えないコミニュケーションとして一気に爆発したけれど、その奥底にあったのは人の「つながりたい」という欲求に違いなかった。自己実現の前に人はなにかに所属したがった。アンリアルの繋がりは希薄だと言う人は、リアルでどれくらい濃密な繋がりをもっているのだろうか。一体どんな心でそれをはかっているのだろうか。


自分のせかいでの立ち位置を模索しつつ、言いたいことがあるんだ!とエモーショナルな声を鳴らす。そんな叫びが聞こえてくるバンドがある。関東出身の4人組バンド「ふくろうず」。他のバンドと決定的に違うのは、作詞作曲を担当するボーカルの内田万里さんの声。である。

ループする

ループする

リアリスト。描かれる曲世界での主人公は自分がどういう人間なのかよくわかっている。でもどこにいるのかはわからない。どことなくこの“生活”に浮遊感を抱えて、なんだか悲しい。そうなってくるとそのまま日々が過ぎて行くことに疑問を持つのは生理みたいなもので、厄介でしかたないんだけど、ないとやっぱり不安になる。これを作ったのがアンニュイな女の人だなぁと感じるところは、そんな感情を慰めてやり過ごそうとはしないところ。はいはいしょうがないね、にはならない。全編通して冷静さの裏側は、ただならぬ覚悟に満ちている。ふわっと伸びる声。活舌をとっぱらった音として機能する声がどこかメランコリックに響く。この声で「こんなんじゃだめだってちゃんとわかってる」そんなこと言われると、もうどうしようもないじゃないか。ぽかん、とする。そういう日々の隙間みたいなところに急に落ちてしまった時に鳴っていてほしい。そんなあどけない音。

T-6の「フラッシュバック!」なんかは少し懐かしい音の味付けで楽しい雰囲気なんだけど、じつは重い。ポップだから思いっきり詩世界を重くしてる。「会いたい!すぐ会いたい!」の連呼。それもたたみかけるように走る連呼。その言葉はわりと狂喜的に映るが、声色は至極たのしそうに跳ねる。怖いもの見たさとわくわくがうまいこと共存して、いい意味で子供っぽいのです。しかも村にいるこども。そういう意味ではハンバートハンバートに似た毒っぽさがある。

彼らは何を隠そうタワレコが企画する「タワレコメン」の推薦曲である。タワレコバイヤーが推薦するインディーCDにはっつけられるあのシールである。私はこの企画で相対性理論を知った。やたらと店内で曲がかかっていたこともあるけれど、やっぱり推すだけの勢いがある。


いけない心をみせて!「できない/ふくろうず」

理解することと体感することは、全く違う。
逃れられない生々しさがふくろうずにはある。


▼視聴はこちらから
http://www.myspace.com/fukurouzu

こんなことばっかり
続けている日々じゃ
ぜんぜんダメだって
ちゃんと分かってる

このままじゃいつか
大切な人も
回りまわり巡って
深く傷つけるんだろう

「ループする/ふくろうず」

▼「ふくろうず」公式HP
http://www.fukurouzu.com/