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東京秋祭りを見ていて今更思うみゃおのうつくしさ

私がアイドルを好きなのは、圧倒的な差や不平等なあるがままを隠さないからだと思った。世の中はまず第一に、不平等なのに、教育のもとではまず平等を説くのが当たり前みたいな気持ち悪さに直面したあの時から未だ不快感を処理できず、時は止まっている。思春期は特にその気持ち悪さをいつまでも引き受けたくなくて、二次元や三次元に何となく浮世離れしていく。でも浮世離れとされるアニメやアイドルにこそ、不平等な現実が満載で、(例えばサブキャラは永遠にヒーローに勝てない、けれど自分の役割をみつけて餞にかっこよく去ったり死んだりする。だからサブキャラが好きな人だって当然沢山いる。) 私にとって二次元や三次元は現実的で清々しい。本当は違うのに「体裁でそうしておく」気持ち悪さはない。人が願いで作りだしたものだからだと思う。それがフィクションだというけれど、不条理を隠さないアニメやアイドルがフィクションならば、自分が生きている、平等を謳うこの現在はなんなのか。とにかく分からないけれど、至極気持ち悪い。

先人による"とりあえず”平等にするためのルール(義務教育とか就職とか結婚とか性愛とかロリコンとかインセストタブーとか)が既に敷かれていて、それに従えば、ほら世界は平等だよ、とさせられるのはもやもやしてしかるべきと思うし、そりゃ他人や自分をあやめたりすることもあるわ、と思う。

アイドルは世の中は平等じゃないって事に若いうちからどうしようもなく気付いてしまって、どんな大人の言葉やルールよりはっきり現実感をもって世界の不条理を体感しているから、きっと私はアイドルが好きなんだと思った。そう言った意味で子役や若手俳優や十代のスポーツ選手も好き。私の中では不平等を受け入れてススム若者が、みんなキラキラ輝くアイドルになる。不平等に体感として気付いてしまっても、それで腐る訳じゃなく、今あるルールから新しく自分のルールをつくりだしていく賢い若者がすき。だってそれは「革命」だもの。だから私はみゃおが好きだよ。指原さんが好きだよ。というか地方組が好きだよ。それが華開いたのが東京秋祭りだと思う。「下剋上」という言葉はあまりにいかついけれど、それは彼女たちの小さな小さな「革命」だから、秋祭りをみると爆笑してしまうと同時にときめいて、そのうち少し泣けてきちゃってしょうがないね。そんなことをふと思った7月30日のこと。みゃお、お誕生日おめでとうでした。