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必殺!ギョウザ拳法!


前回の記事が我ながらなかなか酷い仕上がりでした。


というかこのブログを読んでくださっている方はなんとなくほとんど知り合いのように思うので、私がひどいことは既に承知かもと思い、だとしたら引き続きゴロゴログズグズしながら這い上がってく様を綴ろうと思います。お付き合い頂いている方ありがとうございます。アイドルにちょっと変な方向性で嵌っているというのはこういうことなのですよ。無様でしょう。でも卑下して恥らおうとするよりもずいぶん私は身勝手です。


フォロワーさんからなんちゃんへの手紙を受け付けているという情報を知りました。自分の耳でも確認しました。劇場に電話をしたら9月いっぱい受付けるとの事でした。だから今手紙を書いています。ここに書いた事とも重複しますが、何度も書き直しては、筆をすすめています。正解のない、けれど今残された唯一確かな道です。


さて、やはりなんちゃんからの言葉をもらうのは難しそうです。フライングゲットの握手会も不参加となりました。急にいなくなってしまうというのは、さよならの言葉がないので、どうやって区切りをつけていいのか分からなく辛いですね。区切りをつけるにも、イチから自分の中で経緯を組み立てて、思い出の道を整備しなきゃいけません。例え曲解になろうが、去る人の言葉をよりどころにして、解釈を加えることもままなりません。でも、考えてみれば、たとえ言葉があってもその言葉を額面通り受け取ることなんて稀だし、人の気持ちを推し量るなんて実生活でも上手くできていないことです。正解はわかりません。基本的に「人はひとりで生きてひとりで死んでいくものだ」という考えの私なので人と人が分かりあえることは、ない、とも思っています。だからこそ人の気持ちを理解しようとすることは尊いとは思うのですが。なんちゃんに関して考えれば、推し量るのはもうやめようと思いました。そこにいないなんちゃんを思うのは、自然となんちゃんじゃないものを求めてしまいかねないからです。


昨日、久々に動く新しいなんちゃんを見ました。

なんちゃん9カ月ぶり出演となる有吉AKB共和国が放送されました(関東圏。撮影は8月10日となんちゃんモバメより)。茶番な劇中でさっそうと現れたなんちゃんは森先生として青二才にいきがるりっちゃん(川栄李奈)になんごともバカにするなかれ、なめるなかれ、とマジな目で奥義を伝承してあっけなく息絶えました。くっそ阿呆な画なのになんだかいい話でした。有吉さんの言った「意外とみれちゃった」がそれを物語ってました。何故たまたま意外とみれちゃう企画が9カ月ぶりに出演したなんちゃんの元に回ってきたかは偶然の星の元でも、スタイルや目の色のそれはやっぱりどうにも画になる人でした(りっちゃんとの相性もGOOD)。もっと見てみたかったですね。はて、ギョウザ拳法は一体我々に何を?飛躍の悪読み好きな私でも流石にそこまで深読みする気力はありません。ただ私の心に伝承されたのはギョウザがおいしそうなこと。なんちゃんの(アイドルとしての)実態はなくなっても、なんちゃんがくれた感動やときめきはそのままです。チーム4を立派なチームにしたいと思ってた決意も自然とチーム4の中に溶けているものだと思います。知らず知らずのうちに浸透しているものは生き続けます。私はギョウザのおいしさを知っている。



こんな歌があります。


同じような記憶がある
同じような日々を生きている
さびしいと叫ぶには僕はあまりにくだらない

なんちゃんを思ってもギョウザがおいしそうとか思っちゃうんですね。私のくだらなさです。




今日、なんちゃんを慕っていた10期生なぁな(藤田奈那ちゃん)から1通のメールが届きました。
今日はもりさんとお揃いの服を着ているよ(しかし偶然)、今度2人で動物園に行く約束をした、私が言うものおかしいかもしれませんが「もりさん元気ですよ\(^o^)/」と。


金曜日。発表から1週間。何もなくとも、最後の言葉がなくとも、お別れのあいさつがなくとも、何もない畑を耕して実り多き秋の収穫にそろそろ備えなければいけないのかなぁと思い始めています。なぁなの「もりさん元気ですよ」が実りをつける種になってくれそうです。ありがとうね、なぁな。