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1/26(土)「さよならドビュッシー」舞台挨拶@池袋シネリーブ

映画

14:30の回。
登壇者:橋本愛、清塚信也、利重剛監督。













若干作品内容に触れています。












「舞台に立つ人間は自信を持つ責任があるんだ」


台詞は劇中のワンシーンである。
橋本愛という人はずいぶんと自分に自信がない。一方、スクリーンでは堂々としている。自分というものもわからず、常に自分を客観的に見ようとしていて、だけどいまいちしっくりこない。だからまた演じてみる。そんなことを繰り返して繰り返して自分を獲得していこうとしているようにみえた。

この撮影をしているときは性格が悪かった。と舞台挨拶ではっきり彼女は言った。
自身もピアニストである清塚さんは実際にレッスンも担当したそんな橋本さんに熱心にコミュニケーションをはかったそうだが、聞いているのかいないのかわからない態度で返事をされるという。だけど、演じてみるとちゃんと伝わっていて話を聞いていたんだな、聞いていたらいたでそれは気になるけど(笑)と言っていた。時々、彼女は美しく破顔して「わかります」と返事を返してくれることもあり、それで舞い上がってこっちが熱弁するとまた「はい…はい…」と冷静に返されるという話だった。橋本さん曰く、自分の中で消化するのに時間がかかるそうで、そんなつもりはなかったのだけど、撮影をしてる時性格が悪くて申し訳ないということをしどろもどろ始終口にしていた。

それで、橋本愛という人は賢いがまだ幼く、そうめずらしくない17歳なんだと思った。
口下手で、妙に冷静で、賢くあろうとする人だけど、スマートな人ではなさそうだった。色々と言葉を紡ぐのだが、自分の伝えたいことの半分も伝わっているのか不明というような顔を話の最中ずっとしている。しながらも伝えたいから深追いしていって着地点を決めていない。推測は失礼とも思うが、生き辛そうにすらみえた。美貌であろうが本人には見慣れた顔。

その彼女がスクリーンでみせる「香月遥」という役どころは、抱えた情熱をある理由で押し殺す役どころであり、手探りで表現しながらもがいている彼女にハマっていた。このミス受賞作品の映像化ではあるが、ミステリーというよりは、音楽に魅入られたピアニストと音楽をよりどころにする若きピアニスト志望の葛藤がメイン。それはおそらく本物のピアニストである清塚さんがいたからでた説得力。彼のまなざしには偽りがない。要所要所でごく自然にピアノが好きな人の顔をしていて、2時間ずっと心地いい。彼は上映後の舞台挨拶で教え子と化した橋本さんの飲み込みの早さを「誇らしい」とまで言っていた。それはあなたのピアノを好きな気持ちが引き起こしたものではないかとスクリーンの中で語る表情を観ていて思った。演技がうまいだけだったら逆にがっかりする。その清塚さんが時々気持ち悪いくらいピアノの音色と遊びだすシーンがあってそこがとてもよかった。


ところで橋本愛という人は特徴的な声をしている。見た感じ「声」自体を発することがなさそうな非人間的なところがある彼女だけれど、実際発してみるとやっぱり人間味がない。声の出し方がよくわかっていない気もする。思ったより大きい声が出ちゃう自分に驚いているようにもみえるし、決してそれを大きい声とは思っていないようにもみえてとても不思議。目が強いのでセリフ以上に語りかけてくるから音楽を題材にしたものには向いているようにも思った。特に一点を凝視することにかけては若手で右に出るものはいないと思う。


表現する人の心持ちがなぞられていた作品だったけど、舞台に立つということは見世物だということ、誰かを感動させられるのなら自分は見世物でもよいと思えること、周りの期待が自分の気持ちをないがしろにするほど盛り上がること、それでもピアノを弾く理由があること、そういうことはなんとなく無視できなかった。私が大好きなアイドル達もこういうことを思っているのかなと薄ぼんやりと思う。


橋本愛ちゃんと相楽樹ちゃんが制服姿で色々と重なって、はっきりいって萌え死にそうになるよこしまな気持ちを抑えながら観ていた。高揚した。おそろしく可愛いからそこは気を付けてください。ドビュッシーはリリィシュシュのおかげで鬱な気持ちになる曲だったけど見事に更新してくれた。いい作品でした。機会があればぜひご覧ください。


舞台挨拶の最後に橋本さんはドビュッシー生誕150周年ということで、これからさらに100年、200年とこれを観た人が何か思ってくれたら、自分が存在する理由があるというかとそんなことを言っていた。スケールのでかい話をぽんとするところは可愛くもあり、だけど私は嫌いじゃなかった。耳なじみのいい(ワイドショウに使われるような)ウケる言葉ではなく、いつも自分のことばを選ぼうとする彼女に好感を持った。

橋本愛が存在する理由、それは作品を通じてこれから証明されていくのでしょう。今年こそ本格的に橋本愛の年へ。