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最近のこと

なんだかもう悲しいことが起きてやるせない。


TLでも何となくゆるりとバランスをくずされているように見受ける方が数名いて、どこの畑の人間だろうと、こんなことは当然だと思った。google+で更新された朱里ちゃんと涼花ちゃんのことばに遭遇してしまったら、きっと流して読むことはできないだろうし、目をつぶるのも大事な選択だなって強く思う。二次被害という言葉が多量な水分を含んでいて、もたげる。私はアイドルうんぬんより頑張ってる人になるべく敬意を払いたいので、ひとりの女の子としてまなざすこともしてみんとて、するなり。相手の気持ちにはなれないけれど、景色は少しだけひらける。最近はアイドル界で物語性がよく説かれるけれど、あれは本来「ナラティブアプローチ」ていうセラピーの手段で、自分語りでもやもやを整理して自浄作用を促すのが本来の語意だと思っている。たどたどしくてよいので語れると思った時に語ってほしいと思う、2人をはじめとした誰しもに思う。語り口を変えれば人生は変わるよ。かくゆう私も閉じ込めるのはそれほどでうまくないので、ここに文章として整理をしておこうと思った。


そんなことを考えていたら、横山さんのツイートでANNに気づいた。聞こえてきたのはしまちゃんの明るい声だった。あんにんが番組冒頭、電話で出たようだった。私が聴き始めたときは横山さんが自宅に泊めた女の話を淡々としていて、わー武勇伝…と思った。本日も家主不在のまま妹たちを泊めていると言った横山さんだった。それが朱里ちゃんと涼花ちゃん、2人のことだった。いつぞや、ぱるるの親友がグループを去った時もそばにいたのは横山さんだった。ぱるると話します、そんなふうな短文のモバメが届いた夜だったと記憶してる。しまちゃんが選抜でふりが覚えられないぱるるの緊張を解いていたあの時。今度は一人暮らしの自宅で2人に手料理を振る舞うしまちゃんなう。そっとしておくより早く温かいハートの持ち主がだきしめてあげないと!と思うのは、心のダム決壊の危機を感じて、母性が対応しようとしてるからなんだと最近は思うようになった。横山さんの温かい声を聴いて気持ちがやわらいだ。ありがとうございます。


このやるせない悲しさをおさめるのに、さゆのラジオを狂ったように聴いていると気持ちが落ち着く。お守りみたいなやつだ。さゆはうさピーでめちゃくちゃナラティブってる。正直他のラジオの比ではないと思った。舞美ちゃん、ももち、りほりほのラジオもこのタイプだけれど、さゆは突き抜けている。さゆはいつも自分と向き合いながらおもしろがりながら実直にナラティブってるから落ち着くんだと思ったのだった。さゆが真相を話したがるような話題をふるさゆヲタも優秀なセラピストだと思うくらいネタの心配りが細やか。あのMCの意図を教えてください。あの時ファンはこう思ってざわざわしたんですよ、伝わっていましたか?メンバーがこう言ってましたが道重さんはどう思いますか?えりりんやおねえちゃんを通して語られるさゆの視線。誤解を招くようなことをしても意図をくみ取ってくれるのがさゆみのファンの方だから大丈夫だ。それをさゆは信頼関係という。あ、そうだ、と思った。なんの衒いもなく思った。さゆの話を聞いていると複雑な問題がするすると紐解かれてシンプルになる。そしてそのすべてがおもしろい。そしていつもちょっと変なポイントでウルっとくる。


やるせないことはおもしろいことに溶けていくような気がする。気乗りがしない時は語りがうまい人・好きな人を耳にすると落ち着くよ。人間の情報の8割は視覚から得られるそうだから、そこを遮断すると世界は変わるなぁと思う。さゆのかわいいラジオについてはまた今度書こうと思ってます。今はただコントロールを失いかけている自分に、誰かに、やすらぎを。